物語

1話

 
 
─ここはとある場所にある王立魔法学校、通称魔法カレッジ。
  成績が優秀なだけでは入学する事が出来ないという変わった学校。
 
 
富でも知恵でもない・・・・
 一人一人に秘め、隠れたその力を求めた学校。
 
 
入学試験の時に学校長の愛猫に選ばれたものしか合格ができない。
 その猫は目の前に立つ者の秘められた属性や力を見ることが出来るという。
 
 
また選ばれた者達にとって思い入れのあるモノや好きなモノが媒介として、学校長の力により魔法を使えるようになる。
 
 
そして、入学試験で選ばれた者はその場で入寮試験も続けて受けることになる。
 
 
星(ステラ)寮、月(ルナ)寮、太陽(ソーレ)寮、空(シエル)寮がある。
 
 
そして、今回の物語の生徒たち6名はステラ寮に属す者達のお話である。─
 
 
 
 
 陽の光が差し込む星寮の談話室に魔法カレッジに通う3年生の咲耶と睦月は
今日新たにこの寮にやってくる新入生達の為に準備をしていた。
 
ふと、手を止め窓に目をやった咲耶が声をあげる。
「ねぇ、睦月!見て頂戴!」
 懐かしそうな表情で声を弾ませ窓の外を指さし睦月の肩を叩く
 
「んっ、なぁにー?窓…?……わぁ…!」
 肩を叩かれ振り返り見ると過去に自分たちが入学試験で向かう為の列ができていた。
この中の幾人がこの学校へ入学でき、どの寮にいくのかは学校長の愛猫であるカルマと学校長にしかわからないが
懐かしさと、これからやってくる新入生達へ馳せる思いが二人の胸を高鳴らせる。
 
「なっつかしー…!私たちもあそこの門通るときは緊張してたなあ…」
 
窓を開けてその日の事を思い出しながら窓辺で頬杖を付いている咲耶と同じように睦月もまた自分たちが初めて通った正門や歩いてきた道
緊張に震えた手の感覚まで事細かに蘇り、窓から吹くまだ少し冷たい風と懐かしい記憶に目を細めた。
 
「本当にねぇ…。先週の昇級試験私たちも無事終わってよかったね。」
 
言葉にしながら睦月は先週行われた昇級試験でも緊張していた事やどうなるかと憂いもしながらも
二人揃って無事昇級できたのだと改めて感じ笑った。
 
「そうだね!これで3年生!じゃないと先輩としての威厳がないものね…」
 
苦笑いしながらも窓辺から顔を睦月に向け微笑み直す。
 
「あの中のどの子がこの寮に入るんだろうねぇ」 
 
「とびっきり可愛い子がいいなっ」
 
咲耶が楽しそうに微笑みながら目を閉じると睦月は苦笑を浮かべ窓に背を向けた。
 
「夢を壊すようなことをいっちゃうけど・・どっちにしてもさ、咲耶・・・難ありじゃないと入れないからね、ここ」
 
「……そうだったね…」
 
遠くを見た咲耶の目には過去を思い出すような色が浮かんでいる
 
「まっ、万が一来るかもしれないから歓迎の準備だけでもしちゃおうか!ねっ」
 
そんな悲しい色を隠してしまうように睦月は咲耶に抱き付いて笑顔で同意を求めると笑みを浮かべて頷いた
 
「そうだね、入寮試験が終わればもう今日から仲間だものね、やっちゃいましょ!」 
 
「うん!まず…ステラらしい飾りつけと、とびっきり綺麗なお水で紅茶用意しましょうか!」
 
魔法の媒体となる懐中時計に手を触れさせた睦月に習い咲耶も水色の髪飾りに触れてすう、と息を吸い込む 
 
「光の精霊、とびきり素敵な星の飾りを部屋中にお願いします。スターレイン!」
 
「水の精霊さん、お客様たちに美味しいお紅茶用意したいの。ちょっとだけ力を貸してくださいね…ウォーターレイン」
 
 
きらきらと光る小さな精霊と二人の魔法の光に談話室が包まれ、これからやってくるであろう新入生を歓迎するための準備が本格的にはじまった
 

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2話

 
 
 
けたたましく鳴るアラームを止めてまだ夢うつつのぼんやりとしていた目が見開かれ、彼女は完全に覚醒した。
 
 
「はっ、あああああああっ!!!忘れてたあああ!!!」
 
 
慌てて起き上がりベッドから飛び出すと焦りながらクローゼットの扉を開き、服を取り出さずに鏡の前に立ち長い赤髪が寝癖だらけでまた焦りが募る。
彼女─栞はよりにもよって大切な日に、寝坊してしまったのだ。
それは栞自身予想外の事であったのか些か混乱しながらも身支度をするべく部屋を散らかしていく
 
 
「ご飯なんか食べてる暇ない!!!あれ?櫛どこだっけ?ああ!もうっ
…っと、これでいいかな?リボンは……選んでる時間なんて無いし!これでいいや!」
 
 
 
大丈夫!と髪を2つ結びにしてひときわ大きな声で自分に言い聞かせるように言い一枚の紙を握りしめる。
栞にとって大切な日。魔法学校への入学試験。
握りしめていたのは入学試験通知書で、何度も読み返したが遅刻などしてもいい日ではないのだ。
 
持ち物を揃えながら念の為にもう一度急いで目を通すと・・・
 
『栞殿へ
この度は王立魔法学校への入試案内をお知らせします。
時間厳守で当日お越しくださいませ。
貴方がこの王立魔法学校で学べる能力があることを願っています
学校長』
 
・・・と、しっかり時間厳守と書いてある。
 
心は焦る一方だが幸い、持っていくべき物も少なく全力で走れば間に合うかもしれないと一縷の望みに託す。
 
「うん!!よし、今日も私可愛い!!!」
 
 
鏡の前で毎日恒例になりつつある、可愛い笑顔で言い
前のめりになりそうな勢いで玄関まで走りだして靴を履きドアを開け僅かに振り返り栞がいなくなるとしんと静まり返ってしまう家の中に向かって大きな声で
 
「いってきまーす!」
 
そう言って走りだしていった。
 
 
 
 
 
そして彼女も、様々な思いを懸け今日の為に…
 
 
 
「叔母様、おはようございます」
 
「…遅かったわね……おはよう」
 
真っ白な髪に赤い瞳の少女・杏華は不安げな声で叔母に声をかけると
叔母は怪訝そうな目を向けた。
その視線と冷たい声色に怯えながらも告げるべき言葉を恐る恐るのせる 
 
 
「今日、王立魔法学校の入学試験なので行ってきます」
 
「そう、落ちたら許さないわよ。だいたいそもそも反対なのよ、私たちは魔法学校なんて。あんな野蛮な…」
 
「え…あ、はい…ごめんなさい」
 
「まぁ…いいのよ?あそこも主席で卒業できれば問題ないし。
ただわかってるわよね?あんな野蛮な学校でも落ちたら周りの目があるのよ?!そもそもとりえのない母親譲りの力なんか…!私たちに迷惑しかかけないのよ!」
 
 
高圧的な言い方に小さな体を震わせながらこくんと頷き叔母にまっすぐと顔を向けるが
やはり叔母の表情に怯んでしまう。
 
「はい、わかってます。」
 
 
杏華は心の中の思いを漏らさないように唇をきゅっと引き締める。
ただ、母に会いたいという願いも、思いも今はまだ口に出してはいけないのだ。
 
必ず、必ずあの学校に入学し母を─ 
 
「なにしてるのよ、早くいきなさい!」
 
「は、はいっ…いってきます」
 
 
叔母の声で我に返り、一礼し杏華は出て行った。
 
 
 
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「やっば!!門しまってる!厳重すぎ!」
 
 
急いで走って来たものの、すでに庭への門は閉ざされていた。
門が閉じているためにあたりを見渡し、少し離れたところにいる少女をみつけ思わず栞は声を上げた
 
「あ、あなた!もしかしてここの受験生?!」
 
「ひゃっ、あっ、は、はいっ・・・!」
 
あまりにも大きな声に驚き肩を跳ねさせながら栞があなたと呼んだ少女、杏華は返事をした。 
 
「で、遅刻しかけてると…?」
 
「しかけてるというより、遅刻したから門が閉まってるのかなと…す、すみませんっ…」
 
杏華から見ても、誰から見ても間に合わなかったからこそ門が閉まっていて自分たちは遅刻してしまったのだとわかるが
はっきりと言うことも憚られてしまい栞と目を合わせずに小さな声で答えた。
 
「うん、間違いないね。」
 
 
そんな杏華に対して至極真面目に頷く栞にじわりと背に汗が浮かんでくるのを感じた。 
 
「ど、どうしたら……もう受けられないのかな」
 
「はあ?そんなことあってたまるもんか!何のために今日までに頑張ってきたのか、わからないじゃん!」
 
「は、はいっ・・・でも・・・」
 
「上るわよ、この塀!」
 
「は、はい??…えぇええええぇぇええ」
 
 
栞が上ると言いたのは自分の身長の倍はある塀で見上げるだけでも足が竦んでしまいそうだった。
だが、ここで諦めるわけにはいかないと己を奮い立たせる
 
「でも、どうやって上るか…」
 
「わ、わかりません…」
 
「んーーー…この木とか?」
 
「は、はい?!え、えぇえぇええええええ」
 
 
辺りを見渡した栞が指したのは塀の近くに生えている立派な木だ。
自分の身長の倍はある塀、確かにこの木に登れば塀の上に行けるだろう。
 
「私、木に登ったことないです」
 
「そんなこといってる場合じゃないでしょ!受けれなくていいの?」
 
「それはダメです!!ダメなんです…受からないと…いけないんです」
 
「ほら・・・なら答えは一つ!上るっきゃない!でしょ?」
 
「はいっ!」
 
 
軽やかに登っていく栞に続き杏華もなんとか木を登る。
登る途中で下を見てしまわないようにしたていたが、登り切ると別の問題が待っていた
 
「なんとか……ここまで登ったはいいけど……」
 
「こ、これ…どうやっておりるんですかぁあああああ」
 
「最近ちょっとお尻にお肉付いたからってこの高さじゃどうにかなっちゃうな…うん」
 
「どうしよう…」
 
 
肉があったってどうやって降りても大惨事になる事は目に見えている。
降りなければ入学試験も受けれないというのに。
途方に暮れていた二人に思わぬ所から声がかけられた
 
「こーら、なにこそこそやってるんだ?危ないだろ」
 
「ひっ…」
 
 
突然かけられた声に短い悲鳴が重なる。
下を見れば読書をしていたのだろうか、手に本を持っている学校の生徒らしき姿があった。
この時の二人はまだ知らない、学校の先輩となる二年生の白那だ。魔法の媒体である石のネックレスに指を触れさせると僅かに石に光が灯る。
 
「風の魔法使えないからちょっと荒っぽいけど、勘弁ね」 
 
「え?」
 
「地の精霊、少し手伝ってくれ。ステアー」
 
 
瞬く間に塀の近くに地面から石の階段ができあがった。
この学校では当たり前のように魔法が使われているのだと頭でわかっていても実際に目にするのとは違うのだと二人は理解した。
 
「ほら、まず危ないからこっちにおいで、話はそれからだ」
 
「すご…あ、ありがとうございます」
 
「す、すみません!」
 
 
2人が塀から無事降りると階段は消えていった。
時間にすれば数分もしていないのだろうが随分長いこと木の上にいたような気持ちになり地に足が着いていることにほっとする 
 
「大体わかってるけど、受験生でいい?」  
 
 
そう白那に問われ二人は身をすくめた
 
「そ、そうです」 
 
「はいっ…やっぱり悪い事したから、受けれませんよね…?」
 
 
栞と杏華の真剣な瞳を見て白那は小さくため息をついた 
 
「そこまでして受けたいって気持ちは伝わったから、報告したりはしないよ。けどね、遅刻はいけないし、こんな危ない事絶対しちゃだめだぞ」 
 
「ごめんなさい!」
 
「すみません!」
 
「ほら、わかったなら精一杯頑張っておいで。選ばれるかどうかは愛猫しかわからない事だけどさ。」
 
「はい!」
 
白那の言葉に背を押されたかのようにパタパタと正門に向かって走っていく。
その二人の背中を見て白那は懐かしそうに小さく唇に笑みを乗せる
 
「入学試験と入寮試験…か。秋は覚えてるかな、当時の事。」
 
 
同じ学年であり苦楽を共にした友人の秋は今遠い地の学校でこの学校だけでは学べない事も学んでいるのだ。
携帯を取りだして時刻を確認する
 
「9時…か。まだ、電話しても大丈夫かな?
……もしもし、秋?おはよう。…いや、入学試験が今日あって、当時の事思い出したら秋の声が久しぶりに聞きたくなってさ。
 
 
星寮に向かい歩きながら機械越しでの秋との会話に自然と表情も和らぐ
 
「うん、そうだったな。懐かしいよ。秋はそっちの学校でも頑張ってる?・・・本当に?皆を困らせてるんじゃないか?」
 
 
ちょっとしたからかう言葉も気のおける相手だからこそだ。
頑張りすぎてないか、無茶してはいないか…聞きたい事や言いたい事、伝えたい事は山程あるが今頃談話室で咲耶と睦月が新入生を歓迎するための準備をしている筈だ
長電話はできない代わりに、寮につくまでの間二人は談笑していた。
 
 
 
 

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3話

 
 
「220…人?あれ、これで全員?…んー」
 
明るい茶髪に浅縹色の瞳の人の良さそうな顔の男性教師である環は眉尻を下げ困ったなとでも言いたげに頬を掻いた。
集まっている人数をいくら見合わせても二人足りない。
必ず222名いる筈なのだが、時間もあまりなくもう一度確認をとるべきかと思い悩んでいると二人の少女が走ってくるのが見えた。
 
「あっ!そこの女の子達!早くこっちに並んでください!」
 
「は、はい!すみませんー!!」
 
「遅くなりました、すみませんっ!」
 
息を切らしながら栞と杏華が謝ると環は少し大人の顔で笑い持っていた書類に視線を落とした。
 
「えーっと、まずこれから入学試験を行うための面接場所へ移動します。
ここの面接で選ばれなかった方々は残念ですが面接終わり次第、不合格としてこの学校から帰宅してもらいます。
もし合格者がいましたらそのまま残っていただき、入寮試験を続けて受けてもらいます。いいですか?」 
 
 
「「はい。」」 
 
 
「じゃあ、行くよ。みんな僕についてきてくださいね!!」
 
書類を持った手を上に掲げついてきてくれと背を向け顔だけ軽く振り向き言う。
はぐれないようにしっかりと前を見ながら栞と杏華は返事をした。  
学校内に入り様々な煌びやかな装飾品や部屋の作りに驚き何人かの生徒から声が漏れる
 
「わーっ…凄い……」
 
「本当に…凄いし広いです…」
 
「こらこら、しーっ!もうすぐ面接場所に着くよ。」
 
「「すみません!」」
 
諭すように少し小さな声で環に言われ、若干声を潜めて謝るが
学校内を見ているとつい声が漏れてしまう。
しっかりと口を噤んでおかないと、また注意されてしまいそうだ。 
 
 
またしばらく歩き、一つの扉の前に来た
 
 
「さぁ、着いたよ!この隣の部屋が大広間になってて全員分の椅子があるから受験番号順に座って待っててくれるかな。
飲み物も置いてあるから静かにしてゆっくり待ってて。順番が来たら名前を呼ぶからね。」
 
2人はそれぞれ自分の受験番号を見返し二人とも隣同士だとわかると安心し、言われた通り椅子に向かう
 
 
「番号隣同士でよかったです…」
 
「そうだね、緊張してきた……」
 
「皆さん、やっぱりどこかピリピリしてます…」
 
「そりゃそーだよ。選ばれるかどうかが決まってるんだもん。」  
 
「そうですよね…頑張りましょう」
 
 
周りの空気とこれから選ばれるかどうかが決まるという緊張感に飲まれしつつも小さく頷くと栞はにこっと笑った。
 
 
「もちろん!あっ、今更だけどあなた名前は?私は栞っていうの!」
 
「あっ、杏華っていいます!」
 
「きょう…か……かぁ。…うん、きょうちゃん!今日から杏ちゃんね!」
 
「杏ちゃん……」
 
「…あっ、あだ名とか嫌だった?」
 
「い、いえっ!違うんです…初めてあだ名付けてもらったから。
嬉しくて……あのっ、私も…しーちゃんって呼んでもいいですか?」
 
「当たり前じゃん!宜しくね、杏ちゃん!」
 
「はいっ、しーちゃん!」
 
そんなやり取りをしている間に扉が開き先程ここまで二人を案内していた環が現れた。
 
「栞さん、杏華さん。二人ずつこちらに来てください」
 
「「はい…」」
 
落ち着いたころに呼び出しされ、静まっていた筈の緊張が急に顔をのぞかせた
 
「まずは栞さんから、杏華さんはこの廊下にある椅子に座って待っててくださいね」
 
「わかりました。」
 
「しーちゃん、頑張ってね」
 
「…うん。」
 
「さぁ、いってらっしゃい。
 
 
環が学校長が控えている待機室の重々しい扉を開け、入るように促す
 
「…失礼します!」
 
「こんにちは。中に入りなさい。」
 
中には栞が思い描くような学校長とはかけ離れた、若々しくも見える男性が座っていた。
長い黒髪を左側に束ねてまとめて結っていて、知性を惜しみなく醸し出している。
手で目の前の椅子へと促されはっとし椅子の前に立ちお辞儀をして椅子に腰掛けた。
目の前にいるのが、この学校の【学校長】なのだろう。
よく見れば決して若くはないのだろうが、不思議な雰囲気を持っているからか見た目だけでは一体いくつの人なのか栞にはわからない程独特な人物である。
 
「ふふっ、そんな緊張しなくてもいいのですよ。さ、出てきてあげなさいカルマ。」
 
『ニャー。』
 
「わぁ、可愛い!!」
 
「この子が私の愛猫のカルマです。この子が選ぶ者。貴方たちが選ばれし者になるやもしれませんね。」
 
少し体の小さな猫は机の上で緩やかに尻尾を降っている。
今、この瞬間で今後の全てが決まるのだ
 
「選ばれし者…選ばれたいです!私、どうしても入りたいんです、この学校!」
 
『ニャーン・・・』
 
ストンと机から飛び降り栞の座る椅子の傍まで行き品定めをするかのように下から上へと目線を向ける
 
「…っ……」
 
目を閉じ祈るようにぎゅうっと手を握りしめる。
 
(お願いしますっ)
 
 
『ニャ』
 
「おやおや…」
 
『ニャー!』
 
学校長に目を向け、栞の膝に向かってジャンプするとすとん、と膝の上に座った。
 
「きゃっ!か、カルマ…?」
 
「おめでとうございます。」
 
「えっ……?」
 
両手を開き驚き固まって居たが学校長の声で我に返りつい、気の抜けたような声が出たが栞の頭のなかはそれどころではない
 
「我が魔法学校へようこそ。1年栞さん。」
 
「あ…ありが…ありがとうございます!!」
 
拍子抜けしたと同時に涙を押し殺し笑顔で猫を抱きしめ、学校長に言うと同時にカルマにも。
もっと手厳しい試験があるのかとも思っていた分
 
 
『ニャー』
 
「それではこれで入学試験は終わりです。引き続き入寮試験になります。
新たな扉を開きますので、私の質問に素直に栞さんの気持ちをお話し下さいね。」
 
カルマへ手を伸ばすとカルマは姿を変え学校長の手のひらへと消え光となり、その手を壁へ向ける。
 
「カルマ、新しく導かれし者に示す扉へとなれ」
 
「猫が…」
 
開いた口が塞がらないというのはこういうことなのだろうか。驚きを隠せないままどこか思考が上滑りしている
 
「いいですか?これから入寮試験を始めます。すべての質問に答え終わったらカルマ・・・いえ、扉を開けて入ってください。
栞さんに合う寮へと誘いましょう。そして行った先は休憩室へと繋がっています、そこで迎えが来るまで休んでいてくださいね。」
 
「はい…」
 
「栞さんの、貴方の家族は……」
 
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「はいっ、次は杏華さんですよ。さぁ、中へ…いってらっしゃい。」
 
「はい!」
 
校内も広くて驚いたがここはまた、ただ広いだけではない厳かな空気まで漂っているようだ。
 
「さぁ、始めましょうか。こちらの椅子に座ってくださいね。」
 
「あの…しーちゃ……栞さんは…?」
 
確かに先に部屋に入ったはずの栞の姿は見当たらない。出入り口である扉は今自分が入ってきたもの以外にはないようだが
一体栞はどこに行ったのだろうかと、出会ったばかりではあるが、杏華にとって既に彼女は友のような存在なのだ。どこにも居ない栞を思うと不安が襲う
 
「ふふ、この愛猫が示す先へと行きましたよ。」
 
『ニャー』
 
「示す…先……。それは…どういう」
 
「さ、椅子に座ってくださいね。」
 
「あっ、は、はい!すみません!」
 
座るな否やすぐさまカルマは膝元へと飛び移った
 
『ニャー』
 
「わわっ、猫ちゃんが。」
 
「おやおや…早かったですね。それが合格の合図ですよ。ようこそ、王立魔法学校へ」
 
「えっ、本当…ですか……私、入学できるんですか?!
 
『ニャーン!』
 
「もちろん、選ばれたのですから。」
 
「よ、よかったぁ……」
 
微笑みながら笑顔を向けられると無意識の内に体に入っていた力が抜けていった。
安堵の溜息をつくかのように安心して、いつの間にか俯きがちになっていた顔を上げる
 
「…ありがとうございます!」
 
「それでは、続いて入寮試験を行いますね?…カルマ、おいで。」
 
「カルマちゃんが…扉に……えっ…」
 
先ほどもしたように手をかざし扉を作るとその光景に驚き杏華が目を見開く。
遅刻してしまい、栞とどうにか協力し木に登った後この学校の生徒に魔法で助けられた時も、地面から階段が出てきたが魔法とはこんなことまでできるのかと驚き扉を見つめる
 
 
「これは杏華さんを正しい寮に誘うための扉。カルマが導いてくれます。ただし、私の質問に答えてからになります。」
 
「導いてくれるんですか…?
……わかりました!入寮試験お願いします」
 
「はい、わかりましたよ。それでは始めますね。」
 
「…はいっ」
 
息をのみ学校長をしっかりと見つめる
 
「貴方の家族関係を教えてください」
 
「今は叔母様の家にお世話になってます。お父様の。
お父様はケガが酷くて横になってることが多いです…それでお母様は、いません…いなく……なっちゃって…」
 
言い淀みかけるが、なんとか続きを喉から絞り出した杏華を見て更に続ける
 
「そうですか。それは次の質問です。なぜここに入学を希望しましたか?」
 
一度きゅっと唇を噛み締めて、再び杏華は唇を開いた。
 
「それは……お母様を探すためです。お母様を助けたくて…そのために魔法を!」
 
「そうなのですね。母親を助けるといいますが、どうやって?なぜそうなったのです?」
 
「私の居た村に死神と名乗る男の人がきて…私とお母様を庇ったお父様は大けがをして、私を庇ったお母様はつれていかれてしまいました……
その時、死神は言ったんです…お母様を助けたければ森に来いって、成長したお前だけが助けられるって……」
 
「ほう…森とはこの学校の不死の森ですか?」
 
「はい…そうです。」
 
俯いてはいけない。そう自分に言い聞かせてじっと前を見据える。
指先の震えは、感じていないふりをして今も待っているであろう母の事を想う。
 
「なるほど……わかりました。さぁ、強い心をもってその扉を開けなさい。きっと導いてくれるでしょう」
 
「…は、はい……」
 
「怖がることはありませんよ、大丈夫。さぁ。」
 
優しく諭す声に勇気づけられて杏華は目を細めて微笑みを浮かべた。
 
「はい!」
 
扉を開け白く光る中へと入っていく。
 
 
 
「わあああああっ、……あっ…なんだ……びっくりしたぁ!!杏ちゃん!」
 
急に壁から出てきた人にびっくりして盛大に声を上げてしまったが落ち着いてよく見れば壁から出てきたのは先程まで一緒にいた杏華だった。
 
「わぁ…しーちゃん!」
 
「そ、そんな抱き付かなくても大丈夫だよ!」
 
栞に抱きつくと強張っていた爪先まで緩んでいく。
腕に感じるぬくもりが冷えきった芯まであたためてくれるのを感じながらゆっくりと腕の力を緩める 
 
「すみませんっ……不安だったから…怖くて。」
 
「そっか…あっ、ほら座って!ここで休んでてって言われてたの!」
 
「うん!ここで待ってればいいのかな?
 
「多分…ね?」
 
 
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「先輩達、手伝いにきましたよ…って……」
 
 
秋との通話を終え星寮の談話室前に着いた白那がドアをノックすると中から可笑しな音が微かに聞こえてきた。
確か二人は歓迎するための準備をしている筈なのに
 
 
「えっ、白那ちゃん!?」
 
「はっ…きゃーっ、だめぇ!」
 
睦月と咲耶の焦った声にじわりと汗がにじむ
 
「だ、だめっ!開けちゃだめぇ!」
 
「えっ…あの、どうし……魔物でもいるんですか!?先輩っ」
 
まさか、と思ったが魔法による強い光が見え力任せに扉を開いたが─
 
「…わぁあああっ!…つめた……っ」
「あっちゃー……だから言ったのに…開けちゃだめって……」
 
 
待ち受けていたのは魔物でもなんでもなく、大量の冷水だった。
突然の事に驚いてどこかぶつけたような気もするが一体どうしてこんな事になっているのだろうかと首を傾げる
 
 
「白那ちゃんごめんね…?氷で飾り作ろうと思ったら扉よりも大きな飾りが出来上がって…
溶かそうと火の魔法を睦月に使ってもらった瞬間に白那ちゃんが開けちゃうし、蒸発しないで溶けちゃって……」
 
「ごめんねっ、火の魔法そこまで得意じゃなくて」
 
 
申し訳無さそうに謝る二人の先輩に、ああ成程。と心の中で納得した。
はりきり過ぎた結果なのだろう。とも思い水で濡れた髪を掻き上げる
 
 
「あっ…いえ…あの……大丈夫ですよ、私がいきなり勘違いして開けたのがいけなかったんで。ちょっと着替えてきますね」
 
「本当にごめんね。あとで戻ったら暖炉に当たってねっ?」
 
「はい、そうさせてもらいますね。ちなみにそろそろ時間的に迎えに行ってもいい頃かと…?」
 
「あ、もうそんな時間?!」
 
「わぁ、本当だ!」
 
「着替えてからここの床の水は私が拭いておきますから先輩達、休憩室に迎えに行ってもらってもいいですか?」
 
「うん、そうさせてもらうね!」
 
待ち遠しく思っていたからこその事だったが、まさかもうこんな時間になっているとは。
慌てて睦月と咲耶は少し乱れた髪を整えたり制服の裾を直した
 
「わかりました。それでは失礼しますね。」
 
「じゃあまた後でねっ」
 
「よし、咲耶いこう!」
 
談話室を後にして、新入生が待っている場所へと向かいだすと
待ちきれないとでもいうように咲耶がくすくすと笑い出す
 
 
「どんな子だろうなぁ」
 
「もう咲耶ったらそればっかり」
 
「ふふふ、だって楽しみなんだもの!」
 
「でも、私も楽しみ!」
 
 
扉を前にしてノックすると中から栞と杏華の二人の声が返ってきた
 
「「はい!!」」
 
 
扉を開けてとびっきりの笑顔で二人は新入生を迎える
 
「合格おめでとう!」 
 
「星寮へ、ようこそ!そして」
 
 
睦月につづいて咲耶が言うと短く息を吸い睦月と咲耶は声を合わせて─
 
 
「「魔法カレッジへようこそ!!」」
 
 
 
 

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4話

 
 
「これで全員、無事に試験が終わりましたね。」
 
 
222人の試験が終わり椅子にもたれ掛り、背の丈ほどある鏡で様子を伺いながら彼はカルマへ言葉をかけた。
彼の言葉に愛猫であるカルマが近寄りながら『ニャー』と応えると、飼い主である彼は微笑を浮かべた。
 
「ふふっ……そうですね、これから楽しくなりそうですね。」
 
 
優しい手つきでカルマを撫でているとドアをノックする音が響いた。
 
 
「どうぞ」
 
「失礼します。あの、学校長…本当にこれでいいのでしょうか」
 
 
戸惑いを浮かべながら環が学長室へと入ってきた。
心なしかいつもよりも伏し目がちの眼で学校長を見ている姿はまるで悩める者の姿だ。
 
 
「えぇ、これでいいのですよ。
彼女たちがどのように成長していくか、そしてこれから待ち受ける試練をどう乗り越えるのか……見届けたいものです」
 
「彼女たちが正直心配です。まだ幼い子もいます、不死の森……あそこは僕が今は管理していますが、いつなにが起こるか。もう事実あそこにはっ…」
 
 
少し悪い笑みを含め環に向かって諭すように言われたが、身を少し乗り出して常より荒げた声で言いかけた言葉は口の中で留まりそのまま飲み込んでしまった。
 
 
「環くん…いえ、環先生。彼女たちは選ばれたのですよ。」
 
「ですがっ!」
 
 
椅子から立ち上がり、鏡に手をかざして視線を環に向ける学校長に机に手を付き強く声を出してしまったのも環が心配しているが故である
例え懐かしい呼び名で呼ばれてもそれは変わらない。
しかし、学校長は普段の表情とは違うきつい目つきになり何かを耐えるようにして口を開いた
 
 
「黙りなさい!環先生の言い分は勿論わかっています。ですが扉はもう開かれたのです」
 
「っ……すみません。僕はできる限り、あの森の管理をしていこうと思います、ただアイツが現れたら生徒達が心配で。」
 
「そうですね…私でも彼と争うのは死をも覚悟せねばいけないでしょうね。ですが、きっとあの子達が光を差し伸べてくれることだと信じています」
 
「はい…彼女たちの支えになれるように頑張ります。」
 
「教師としてお願いしますね、環先生。」
 
【アイツ】、【彼】その存在こそが環の悩みの根源であり、その存在がどれほどの影響を彼女達に与えるか……
果たして絡まった糸を解くことができるのか。全てわからないままであるが、それでももはや立ち止まるという選択肢など残っていない。
 
 
『ニャー』
 
「おやおや…そろそろ散歩の時間ですね。」
 
「では、僕はこれで失礼します、森の管理にいかないといけないので。何かあれば連絡ください」
 
「えぇ、お願いしますね。」
 
 
静かに閉められたドアの音を聞き届けたかのようにカルマが鳴く。
 
 
「はいはい、わかりましたよ。」
 
「んーっ、やっぱりこの姿って一番いいですねっ、学校長!」
 
「おやおや…さぁ、お散歩にでもいってらっしゃい、私は下の階にいく準備をしないといけないからね。」
 
 
手をかざしカルマが光に包まれ人の形へと変わると、カルマは背伸びして学校長に抱き付く。
この姿で学校内を自由に歩く事がカルマにとっての散歩なのだ。
 
 
「はいっ、学校長!」
 
 
人の姿になっても猫特有の身軽さは失われず窓から飛び出し木に飛び移っていくカルマを見届けて学校長は小さく息を吐き出した。
 
 
「さて……これから楽しみでもありますが、忙しくもなりますね。」
 
 
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「ふぅ…今日は天気が良くて本当によかったよ。あれだけ水浸しになったから、太陽が気持ちがいい。」
 
タイトルのない小説を持ち運び寮の近くにあるベンチに座り一息ついた白那は小さく伸びをして目を細めた。
 
「無事歓迎会も終わったし、よかった。一年生も無事に部屋案内が終わってる頃かな」
 
ステラ寮のある方を見てみるが、今はしんと静まり返っている。微かな風も陽の光も、全てが心地よく目を伏せてリラックスする
静かで、気持ちのいい場所というものは大切なものなのだ。
 
 
「本当、ここは静かで気持ちがいい……」
 
「てめぇえええ!いい加減にしろよ!」
 
 
口から溢れてしまった言葉は突然響いた大声によってほとんどかき消されてしまう
 
 
「いいじゃないっすかー!先輩もみたっすよね?あの緑の髪の3年女子!」
 
「うっせぇな、みてねぇーよ。」
 
「まーた、また!俺、結構あの眼鏡女子大好きなんっすよねー、お近づきになってこようかなって思うんっすけど、先輩のが詳しいんじゃないっすか?」
 
「だから、俺は女に知り合いなんかいねーし、絡んだりなんかしねーんだよ!」
 
 
騒がしく会話をしているのは綺麗な紫色の髪色で短髪、身長も高く大柄で目つきの悪い男子生徒と、
ハイテンションでニコニコと笑っている空色の髪色の男子生徒。この二人なのだが、まるで団体でも来たかのような騒がしさに耐えていたが、耐えかねた白那が二人に向け声をかける
 
「うるさいぞ、もう少し静かにできないかな。」
 
「あぁん!?んだ、てめぇ」
 
「まぁまぁまぁまぁ!!りょー先輩、落ち着いてくださいっす」
 
 
大柄の男子生徒…遼が白那の言葉に食いつき、それを相変わらずニコニコと笑いながらもう一人の男子生徒、奏楽が止めにはいるが
 
 
「元をたどると、てめぇのせいだろうが。」
 
「えぇー、俺っすか?とんとんっすよ」
 
「あぁ!?」
 
 
まるで効き目がない。
折角のリラックスタイムを邪魔され、白那はパタン、と本を閉じて怒りの滲んだ目を二人に向ける
 
「聞こえなかったのか?静かにしてくれないかな」
 
「そっちは何読んでるんっすか?」
 
しかしするりと流されて、奏楽は本の方に興味を示した。
戸惑ったが、聞かれたのだからと本を見せる
 
 
「あぁ、これはね…魔に魅入られた妻と、子と妻を裏切り見捨てた夫。残された子供の進む道……この間、
エトワール広場へ買い物に行った時になんとなく買った本だけど、なかなか面白いよ。」
 
「へー。タイトルはどこにかいてるんっすか?」
 
「最後まで読み終わらないと浮かび上がらないんだ。シリーズものだから興味があるなら広場にいってみるといいよ。」
 
「楽しそうっすね。りょー先輩、あとでエトワール広場いかないっすか?」
 
「いかねーよ、一人で行って来い。」
 
「でも、歩いてる先って広場っすよ?ねぇ?それ広場に向かってるっスよね?!ねぇ、りょー先輩!!!」
 
「うるせーっていってんだろ!!!」
 
広場に向かっていく背中に思わず何度目かの言葉がもれ出る
 
「だから…静かにしてくれって……はぁ…まぁいいか。」
 
 
諦めの色が入ってしまったのは仕方ないだろう。それに今更だ。
 
 
「これを読むのは今度にしよう、先輩達の様子を見に行こうかな。」
 
 
そう、本を読む時間を作ればまたいつだって読める。今日はタイミングが悪かったのかもしれない
そう諦めて、白那は立ち上がりステラ寮へと歩き出した。
 
 
 
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「学校広かったですね」
 
「確かに…広すぎて全部覚えきれないよ」
 
 
にこやかに会話を交わす杏華と栞はどこかふわふわとした足取りで門へと向かっている。
 
 
「来週からここの生徒だって思うと、とても嬉しいです!!」
 
「うん!今まで頑張った甲斐があったよー」
 
「はいっ、帰るときは気を付けてくださいね、しーちゃん」
 
「杏ちゃんこそ、気を付けてよね。じゃあ、ここで!また来週ね!」
 
 
門の手前で別れを告げ栞は走って帰宅していく。
喜びや期待を全身で表現しているようにすら見える栞の後ろ姿を見て、さらに喜びが増えたような気持ちになる。
 
 
「走って行っちゃった…ん……?
…え?……えっ……えぇええええええ!?」
 
 
木の陰に横たわってる人を見つけ声をあげる。
思考が追いつくより先に足が動き出した
 
 
「ちょ、えっ、あっ、あのあの!!!!だ、大丈夫ですかぁ!?」
 
 
自分と同じくらいの少年の姿を近くまでいき確認したがやはり横たわっているため、動揺は収まらない。
人を呼んできた方がいいのだろうか、こんな所で一体どうしたのか、短い時間でぐるぐると様々な思いが頭をめぐる
 
 
「ん…にゃー……にゃんですか?まだ僕ねむいのにゃ」
 
「にゃ、にゃあ?あの…寝ていただけですか?」
 
 
目蓋を開いた少年は怪我をしている様子ではないし、具合の悪い人にも見えない。
 
 
「うん、僕ひなたぼっこだーいすきなのにゃん」
 
「あ…そうだったんですねっ……よかったぁ」
 
「僕、どこでも寝ちゃうのにゃ」
 
「ケガとかしているのかと思っちゃいました」
 
 
思わず体から力が抜ける。
ただ寝ていただけなら、よかったがまだ心臓はバクバクと強く脈打っている。
 
 
「大丈夫にゃん!あっ、学校長!!」
 
「学校長じゃないですよ、カルマくん」
 
 
カルマの視線の先には女性の姿があった。
物腰の柔らかそうなその人はカルマと杏華の近くまで歩いてきた
いつからいたのか、その足音にすら杏華は全く気づかなかったが、それ程驚きの余韻を引きずっていたのだろう。
 
 
「あっ、ソフィアにゃー…間違っちゃったニャン」
 
「ソフィアさん?あっ、えっと、こんにちは!!」
 
「ふふっ、こんにちは。私はこの学校専属の相談係兼総務を担当しています」
 
「あっ!今日、試験で・・・1年になる杏華です!宜しくお願いします!」
 
 
ソフィアという女性に習い自己紹介をすると柔らかく微笑みを向けられた。
 
 
「宜しくお願いしますね?ただ新入生は皆さん帰宅しましたよ、ご家族が心配するかもしれませんよ?」
 
「は、はい!そうしますっ、ソフィアさん、さようなら!!」
 
「はい、さようなら、お気を付けて。」
 
「ばーいばいにゃん」
 
 
慌てて門へと走っていく杏華を見送り終えると、ソフィアは笑みを浮かべたままカルマに視線を向けた
表情は先程と変わらないのに、纏う雰囲気が違い思わずカルマは身構える。
 
 
「カルマくん?」
 
「にゃ、にゃー……?」
 
「学校長ではなく、ソフィアですからね??」
 
「わ、わかってるにゃん……ちょっと間違っちゃっただけにゃん…」
 
 
そろ、と視線を外しながら答えるとふと柔らかくなった空気にほっとする。
 
 
「気を付けてくださいね、カルマ」
 
「うん!ねぇ、ソフィア」
 
「なんですか?」
 
「やっぱりあの子すごいにゃん、親が魔術にたけていただけあるにゃん」
 
「そうですね、秘めるものがあるかもしれないですね」
 
敢えて話題を変えようとしたわけではないが、気になっていた事を口にすればソフィアも頷いてくれた。
すると、小さくカルマのお腹の虫が鳴き小さな手で自分の腹に手を当てる
 
「ソフィア、おなかすいたにゃん」
 
「あらあら…」
 
「にゃんか、やっぱりおやおやの方がいいにゃん…」
 
「ふふふ…さぁ、いきましょうか。」
 
 

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